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名古屋地方裁判所 昭和33年(行)3号 判決 1963年4月27日

原告 八木玉三郎

被告 国・愛知県知事 外一名

主文

原告の被告国及び被告愛知県知事に対する各訴を却下する。

被告柴垣庄七は、別紙目録記載の土地について名古屋法務局一宮支局昭和二五年三月一三日受附第六六三号所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は原告と被告国及び被告愛知県知事との間では全部原告の負担とし、原告と被告柴垣庄七との間では、原告に生じた費用は三分の一を被告柴垣庄七の負担とし、その余は各自の負担とする。

事実

一  原告訴訟代理人は「被告国及び被告柴垣庄七は別紙目録記載の土地について、被告柴垣庄七のためになされている名古屋法務局一宮支局昭和二五年三月一三日受附第六六三号所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。被告愛知県知事は原告のために右土地について昭和二三年一〇月二日自作農創設特別措置法第一六条による売渡を登記原因とする所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

別紙目録記載の土地(以下本件土地と略称する。)は、もと一宮市奥町字宮前五八番の二畑四畝の一部(一畝)であり、右四畝の土地は登記簿上被告柴垣庄七、訴外柴垣喜造、同甚吉、及び同為吉の四名の共有と表示せられていたが、事実上は一畝ずつに分割されて右四名が各一畝を単独所有していたもので、本件土地は右柴垣為吉の所有であつた。右四名中被告庄七のみはその所有地を自作していたが、他の三名は不在地主であり、各所有地を喜造と甚吉は被告庄七に耕作させ、為吉は被告庄七を代理人として原告に賃貸し耕作させていたので、被告国は昭和二二年七月二日自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)に基づき右不在地主たる訴外三名から各所有地を買収し、昭和二三年一〇月二日本件土地を耕作者たる原告に売渡した。従つて原告が本件土地の所有権を有しているものである。しかるに本件土地について被告庄七のために名古屋法務局一宮支局昭和二五年三月一三日受附第六六三号をもつて、昭和二三年一〇月二日自創法第一六条に基づく売渡を原因とする所有権移転登記がなされ、現に同人が登記名義人となつている。しかし、本件土地が被告庄七へ売渡された事実はないから、被告国は自創法に基づく登記簿上の登記義務者として、被告庄七は登記名義人として、共に原告に対して右登記を抹消すべき義務を負うものである。従つて右両被告に対して右登記の抹消登記手続を求める。また被告愛知県知事は、原告に対して自作農創設特別措置登記令に基づき本件土地について前記原告への売渡を原因とする所有権移転登記手続をなす義務があるから、その履行を求める。仮に原告への右売渡処分が無効であるとしても、原告は本件土地を昭和二三年一〇月二日被告国から売渡通知を受けたことにより善意無過失で所有の意思をもつて占有をはじめ、以来平穏公然と耕作して占有を続けてきたものであるから、同日から一〇年の経過によつて、本件土地の所有権を時効により取得したものである。なお本件土地の表示は、昭和二五年一月二三日被告愛知県知事が被告国のために買収登記をなす必要上前記宮前五八番の二畑四畝を登記義務者に代位して宮前五八番の二乃至五の各一畝四筆に分筆登記手続をしたことによつて宮前五八番の四畑一畝となり、更に昭和三〇年六月六日被告庄七が同番の二乃至四を合筆登記手続したことによつて同番の二畑三畝の一部となつたものである。

二(1)  被告国指定代理人は本案前の申立として「原告の被告国に対する訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由を「原告の請求する抹消登記手続は現在の登記名義人被告柴垣庄七に対して求めれば足り、被告国を訴える利益はない。」と述べた。

(2)  被告国指定代理人及び被告愛知県知事訴訟代理人は本案に対する申立として「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁等として次のとおり述べた。

原告主張の事実中、本件土地はもと一宮市奥町字宮前五八番の二畑四畝の一部で、右四畝の土地は原告主張の四名の共有として登記せられていたこと、右四名中被告庄七を除く訴外三名は、本件土地所在区域外に居住し、本件土地は原告が耕作していたこと、被告国が原告主張の如き買収及び原告への売渡の各処分をなしたこと、本件土地について被告柴垣庄七のために原告主張の如き登記がなされていること、及び本件土地の表示の登記が原告主張の如き経過を辿つていることを認めるが、その余の事実を否認する。本件土地を含むもと宮前五八番の二畑四畝の土地は原告主張の四名の共有地であつたのに、被告愛知県知事は右四名が各一畝を単独所有しているものと誤認し、不在地主たる右訴外人三名から各一畝計三畝を買収する旨の処分をなしたものであり、本来持分買収をなすべきであるのに、単独所有として買収したこと、その結果在村自作していた被告庄七の共有地を買収したことのいずれの点においても右買収処分には重大かつ明白な違法があり、当然無効というべきものである。従つてそれを前提としてなされた原告への売渡処分も当然無効である。それ故、形式上存在する右各処分の無効を宣言するため、奥町農地委員会は昭和二六年二月一六日右各処分の基礎とされた買収計画及び売渡計画の取消を議決したが、その直後に法の改正による取消手続の変更、農業委員の改選、奥町の一宮市への合併に伴う事務担当者の更迭等の事情により右決議は取消の効力を生ずるに至らず、その後原告と被告庄七との間の調停が試みられたので、一宮市農業委員会はその成行をまつていたが昭和三三年五月二六日買収計画取消確認の申請をなすべき旨を、同年七月二五日に売渡計画の取消確認の申請をなすべきことを、それぞれ改めて決議して被告愛知県知事に対して右の確認を求めたものであり、被告愛知県知事は右調停が不成立に終つたので昭和三四年一〇月二七日に右各計画取消を確認し、それに基づく本件土地の買収及び原告への売渡の各処分を取消した。従つて右売渡処分の有効なることを前提とする原告の本訴請求は理由がない。

被告国指定代理人は右のほかに「本件買収処分は訴外三名に対してそれぞれ宮前五八番の二畑一畝を対象として表示してなしたものであり、右によつては当時五八番の二畑四畝一筆であつた土地のうちどの部分を買収するのか確定し得ないから、この点においても当然無効であることを免れない。被告庄七に対して本件土地の売渡処分がなされた事情は現在詳らかになし得ないが、買収当時被告庄七から被買収地は同人の所有地である旨の異議が申出られ、奥町農地委員会はその言を信じて被告庄七に売渡したものと考えられる。」と述べた。

(3)  被告庄七訴訟代理人は原告の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁等として次のとおり述べた。

原告主張の事実中、本件土地(もと宮前五八番の四畑一畝)は、同番の二、三、及び五と共に一団をなしており、もと原告主張の四名の共有として登記されていたこと、被告国は原告主張の如き買収、原告への売渡の各処分をなしたこと、本件土地について、被告庄七のために原告主張の如き所有権移転登記がなされていること、及び被告庄七のなした手続によつて本件土地は五八番の二、三と合筆登記され、現在五八番の二畑三畝の一部となつていることは認めるが、その余の事実を否認する。本件土地は原告主張の四名の共有地であつたから、被告国のなした買収処分は本来持分買収をなすべきであるのに各一畝の単独所有として買収した違法があり、当然無効である。それ故奥町農地委員会はその無効を宣言する趣旨で昭和二六年二月一六日右買収売渡の基礎とされた買収計画及び売渡計画の取消を議決し、取消の手続をとつたものであり、原告も右事実を了知していた。従つて原告の請求は理由がない。

三  原告訴訟代理人は被告らの主張に対して次のとおり述べた。

本件土地を含むもと五八番の二畑四畝は事実上分割され、四名が各一畝を単独所有していたものであるから、被告国のなした買収、原告への売渡の各処分に違法はない。無効原因の存しない右各処分につき無効を宣言する趣旨の取消ということはありえない。従つて被告らの取消の主張は有効な処分の取消を主張するものであつて理由がない。のみならず奥町農地委員会が被告ら主張の如き議決をなし、被告ら主張の如く取消手続をとつた事実は否認する。仮に右の如き決議がなされたとしても、一宮市(奥町が合併された)農業委員会は昭和三二年九月二五日本件買収売渡処分は適法である旨の決議をなしているから、それによつて先の決議は撤回され或いは失効したというべきである。被告愛知県知事による本件土地の買収、売渡処分の取消は、なる程昭和三四年一一月一七日に原告に対してその旨の通知がなされたが、右各処分による権利関係が設定されて既に一〇年余を経過した右日時に、その権利関係を根本的に覆す処分をなすことは違法として許されず、右取消処分は無効というべく、従つて本訴請求を妨げる理由にならない。

四  (証拠省略)

理由

一  被告国に対して抹消登記手続を求める訴についての判断。

原告は、被告国に対して本件土地について被告庄七のためになされている自創法第一六条による売渡を登記原因とする所有権移転登記の抹消登記手続を求めるのであるが右抹消登記の登記義務者は右により抹消されるべき登記の登記名義人被告庄七であることは、当該登記が自創法による売渡を原因とするものであつても、通常の場合と異るところはなく、被告国は右請求について被告適格を有しないものであるから、原告の被告国に対する訴は却下すべきものである。

二  被告愛知県知事に対して移転登記手続を求める訴についての判断。

原告は被告愛知県知事に対して本件土地について自創法による売渡を登記原因とする所有権移転登記手続を訴求し、自作農創設特別措置登記令に基づき被告愛知県知事は右手続をなす義務を負うと主張するが、右登記令が農地売渡処分による所有権移転登記は都道府県知事が職権をもつて嘱託すべきものとしているのは、本来国のなすべき事務を都道府県知事に委任したものであり、都道府県知事は国の機関として登記の嘱託をなすに過ぎず、登記についての権利義務の主体は国にはかならない。従つて本件訴は権利義務の主体たる国を被告とすべきものであつて、被告愛知県知事はその適格を有しないから、原告の被告愛知県知事に対する訴は却下を免れない。

三  被告庄七に対する抹消登記手続請求についての判断。

成立に争いのない甲第六号証の二、三によれば、本件土地は昭和一四年四月一五日から昭和二三年一〇月二日迄宮前五八番の二畑四畝の土地の一部となつていた事実が認められ、右畑四畝の土地は被告庄七、訴外柴垣喜造、同甚吉、同為吉の四名の共有として登記されていたこと、被告国は右訴外三名に対して右四畝の土地のうち各一畝を単独所有するものとしてその土地の買収処分をなし、昭和二三年一〇月二日うち一畝を原告に売渡す旨の処分をなしたこと、その後右土地につき五八番の二乃至五の各畑一畝四筆に分筆登記がなされ、本件土地は五八番の四畑一畝となつたこと、本件土地について被告庄七のために名古屋法務局一宮支局昭和二五年三月一三日受附第六六三号により昭和二三年一〇月二日自創法第一六条に基づく売渡を原因とする所有権移転登記がなされていること、及び本件土地が昭和三〇年六月六日被告庄七において同番の二乃至四を合筆登記手続したことによつて同番の二畑三畝の一部となつたことについては当事者間に争いがない。

本件土地が右買収当時共有地として登記せられていたとの右争いのない事実によれば、本件土地は当時前記四名の共有に属していたものと推認され、右認定に反し、五八番の二畑四畝は実際上分割されて右四名が各一畝を単独所有していたとの原告主張に合致する証人浅野末一の証言はにわかに措信できず、その他右認定を覆すに足る証拠はない。従つて被告国が右四畝の土地を右四名の各一畝の単独所有と認定してなした訴外三名から各一畝を買収する旨の処分は右の点で違法であつたというべきである。しかし、右共有者四名はその持分は平等と推定され右四畝の土地に対して各四分の一ずつの持分権を有していたものであり、成立に争いのない甲第一号証によれば、右四名中被告庄七を除く訴外人三名は不在地主であつたことが認められ、従つて右土地については在村耕作者たる被告庄七の持分四分の一を除き、四分の三の持分を右訴外三名から持分買収し得るものであつたことは明らかである。一方弁論の全趣旨により真正な成立を認め得る乙第二号証、同第三号証の一乃至五によれば、本件買収処分は右五八番の二畑四畝の土地につき右訴外三名に対する買収部分を具体的に区分することなく右訴外三名に対して単にそれぞれ五八番の二畑一畝と表示し、合計三畝を買収したものであることが認められる。以上の如き本件では右買収は五八番の二畑四畝の土地につき訴外三名の各有する四分の一の持分権(合計四分の三の持分権)を買収する趣旨の処分として効力を有するものと解すべく、前記の違法は右買収処分を全く無効ならしめる程明白重大な瑕疵とはいい難い。他に無効事由の主張はなされていないから、結局本件買収処分は右の如きものとして有効というべきである。

次に被告国のなした原告に対する本件土地売渡処分について考えるに、成立に争いのない甲第二号証によれば、被告愛知県知事は昭和二三年一〇月二日売渡物件を本件買収処分同様具体的に特定することなく五八番の二畑一畝として原告に対して売渡処分をなしたことが認められる。証人浅野末一の証言と弁論の全趣旨を総合すれば、五八番の二畑四畝の土地は当時そのうち本件土地一畝を原告が耕作し、他の三畝は被告庄七が耕作していたものと認められ、右の事実と自創法の立法趣旨とを照し合せれば、原告への右売渡処分は原告が耕作していた本件土地一畝についてなされたものであることが明確であるといえる。ところで前述の如く本件買収処分は訴外三名の有していた共有持分の買収としての効果を認めるべきものであり、国は右買収によつては四分の三の共有持分を取得したに過ぎず、従つて原告への右売渡処分も、前提たる国の所有権の存する四分の三の共有持分を売渡す(原告への右売渡部分は、原告の具体的耕作部分と一致するので右売渡処分後この部分を分筆し原告に対し持分所有権取得登記をなしうるものであるから、原告への右売渡部分が特定されていないことは、右売渡処分の無効を招来する程の明白かつ重大な瑕疵といえない。)効果のみを有するものである。

右買収、売渡の各処分が後に取消されたとの点については、弁論の全趣旨により真正な成立を認めうる乙第一、第二号証及び弁論の全趣旨によれば奥町農地委員会は昭和二六年二月一六日に右各処分の基礎である買収計画、売渡計画を取消す旨の決議をなしたが、右はその後の手続を経ずに終つたため取消の効力を生ずるに至らなかつたものと認められ、また被告愛知県知事が昭和三四年一〇月二七日右各処分の取消をなしその旨の通知が、同年一一月一七日原告に送達されたことは原告の自認し弁論の全趣旨によりその真正な成立を認めうる乙第三号証の一乃至五、同第四号証の一乃至四、同第五号証の一乃至三、同第六号証の一、二によればその事実を認定し得るところであるが前述の程度の瑕疵しか存しない右各処分を、売渡処分後既に一〇年余を経過した後に取消すことは、他に特別の事情のない限り違法として許されないものと解すべきであり、従つて右によつては本件買収、売渡の効果を妨げられない。そうしてみると原告は本件土地について四分の三の共有持分を有するものと認められる。

なお右を除く四分の一の持分について時効取得の主張を考えるに、原告は被告国のなした売渡処分によつて本件土地の全てにつき自主占有をはじめたとしても本件土地は登記簿上四名の共有とされていたこと争いのない事実であり、成立に争いのない甲第二号証、その形式から真正な成立を認めうる甲第五号証の二によれば、原告は従前被告庄七から本件土地を賃借していたものであるのに、売渡通知書には旧所有者として訴外為吉が表示されていたことが認められ、右の如き事情の存する本件では原告が本件土地について四分の三の持分を超え、単独所有の意思で占有をはじめたことに過失が存しなかつたとは認め難い。従つて時効は未だ完成に至つていないものである。

そこで原告が抹消を求めている、本件土地について存する被告庄七のための所有権移転登記について検討するにその登記原因たる被告庄七への売渡処分が事実行われたことを右登記の存在によつて推認すべきであるとしても、本件土地は原告において耕作していたこと前認定のとおりであるから第一次の買受権者は原告であると認められ、そうして原告への売渡処分が前述の如く有効である以上、被告庄七への本件土地の売渡処分は無効と解さざるを得ない。ところで本件土地のうち国の買収処分の効力の及ばない四分の一の持分は被告庄七に帰属していること既述のとおりであり、右の限度では本件土地の登記は真実の権利関係と合致しているものではあるが、被告庄七のための登記は右を超えて同人の単独所有名義となつているものであるから、右の登記を抹消することについて格別危険の存することが認められない本件においては、原告はその有する持分権に基いて被告庄七に対して右単独所有の登記の抹消登記手続を求め得ると解すべきものである。従つて原告の本訴請求は理由あるものと認められる。

四  以上の理由により原告の被告国及び愛知県知事に対する各訴をいずれも却下することとし、被告庄七に対する請求を認容することとして、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用して主文のとおり判決する。なおこの判決は意思表示を命じるものであるから仮執行の宣言を付すべきものでないと考えるので、仮執行宣言の申立は却下する。

(裁判官 布谷憲治 外池泰治 白石寿美江)

(別紙目録省略)

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